蟲が生きる

生きることは戦うことでしょう?

作曲してみました。

 曲を2つ作った。

 作った曲を自分で弾こうと思っていたが、面倒臭くなり、お粗末な機械音源で再生させたものをアップロードしている。

soundcloud.com

 

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1番に関して

 メロディーは一応自分で考えたつもり。

 曲の構成はモーツァルト「K.331-3(トルコ行進曲)」をちょっと参考にしている。ひとつは、0:20~0:54ぐらいまで、右手で短い音の粒を連続させて、そこからいきなりサビに入るところ。もうひとつは1:53~2:01の部分の高速高音のアルベルティーバス。

 最初の目標としては、美少女ゲームD.C.シリーズ屈指の傑作BGMである「また、会える…よね?」(変ニ長調)のような、静かな曲調にも関わらず聴者を飽きさせない流麗・多様なメロディーサウンドを目指していたが、結果としてはやや纏まりに欠けるチグハグ感が否めないかなと思う。

トルコ行進曲/モーツァルト/Turkish March/Mozart/ピアノ-Piano/CANACANA - YouTube

D.C.BGM また、会える...よね? - YouTube

 

2番に関して

 今まで僕が感激したインスト曲として、前述した「また、会える…よね?」の他にモーツァルト「ディヴェルティメント K.138」(ヘ長調)という弦楽曲が挙げられる。この第1楽章の主題の、なんと単純明快で、なんと美しく軽やかなことか! 拙作の2番のサビ部分は、この旋律をほぼパクっている。

 また、サビ部分の左手伴奏は異なる2音を連続させるだけの簡素な運びとし、終結部は2声で歌うようなユニゾンを入れているのだが、これはモーツァルトピアノソナタ K.570」の第1楽章から影響を受けた。

 2番は1番よりもさらに静かに、ゆったりとした曲調にしたかった。目標としては、これまたD.C.シリーズ屈指のBGMである「Dream of  Cherry tree」(ヘ長調)のような雰囲気を醸し出したかった。結果としては「Dream of  Cherry tree」のような洗練されたサウンドにはできなかったが、それなりに耳心地の良いBGM風の曲になったのではないだろうか。

Quatuor Ebène : W-A Mozart Divertimento F major KV 138 - YouTube

Sonata in B Flat Major, K. 570 1st mvmt Allegro by W.A. Mozart - YouTube

Da Capo II OST - Dream of the Cherry Tree - YouTube

 

 自分で作った曲は、最初は自分自身でめちゃくちゃハマる。自分が「この音良いな」と思いながら作ったのだがら、当然である。しかし2日くらいで飽きて、「つまんねえ曲だな」となる。

 拙作は両曲ともタイトルを付けずに、「ピアノのための小曲」としている。理由は、「なんかその方がカッコ良くね!?」と思ったからだ(笑)

「INNOCENT REPLICA」 良い作品でした

全年齢向け音声作品のボイスドラマです。

めっちゃ良かったのでブログに書く事にしました。

 

特設サイト

sflabo.com

DLsite販売

https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ238142.html

 

前作「PERFECT BLUE」のDLsite販売

https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ212571.html

 

 本編が90分もあったのだが、面白くてテンポがよくて、寝てしまうこともなく一気に聴取できた。

 これは前作「PERFECT BLUE」と世界観を同じくしている作品なので、前作を聴取してからだとより世界観が分かり易いかも。

 遺伝子操作で容姿も頭脳も身体能力も優秀な遺伝子を持って生まれてきた”デザインド”と、そうでない普通の人間”ネイチャー”の身分差のようなものがある近未来SF世界。ありがちな世界設定かもしれないが、その細部をしっかりと詰めてボリュームとクオリティーのある作品に仕上げているのは凄いと思う。

 前作も本作のシナリオも、大仰な哲学問答とか、世界の秘密とか、そういうのではなくて、その世界に生きる一人の女の子(今作はアンドロイドなのだが)の不安や悩みや葛藤みたいなものがメインで、感情移入できる。悪く言えばこじんまりしているのかもしれないが、僕はこういのが好きだ。疲れてしまった心に必要なのは、大きな物語ではなく、小さな物語だから。

 この作品内のディストピア世界は、それほど現実離れしていない。デザインドが抱くアイデンティティーの喪失感や、ネイチャーが抱く劣等感と無力感、或いはアンドロイド自身が感じるアイデンティティーの不安も、僕にとってあまりにも身近だ。

 前作も本作も、物語の中に””恋””があった。

 少しネタバレになるが、前作が哀しい恋の哀しい側面であったのに対して、本作は恋の持つ前向きなパワーを感じられる物語だったと僕は思う。

 「やっぱり恋なんだよな」というのが最終的な感想である。

圧倒的な虚無感、不安、疲労、希死を根こそぎ薙ぎ払ってくれるのは恋しかないのだと。

 夢を見させて欲しい。せめて恋の素晴らしさに、夢を見させて欲しい。希望を抱かせて欲しい。いくつもの小さな愛くるしい恋の物語たちとともに。

仕事中にちょっと頭がおかしくなってしまった

 印刷工(の下っ端の肉体労働者)をやっている。

 先日、厚紙の物件でへとへとに疲れていたとき(一日で約10トンの紙を積んだ)のこと、ちょっとした些細なことで機長に怒られて、胸をど突かれた。その時、なんか変なスイッチが入ってしまって、ほとんど思考の伴わないまま、虎に出くわした草食動物みたいに反射的に逃げ出してしまった。ほんとにこの人に殺されるような気がした。殺されるんじゃないかと思って手足がガクガク震えてしまい、「すみませんすみませんすみませんすみませんすみません」と言って土下座しそうになった。

 流石に機長も僕の尋常じゃない怯え方に意表を突かれたようで、怒りを収めて「どうしたんや、落ち着け」などと言った。

 しばらく手足の震えが止まらなかった。情けなかった。恥ずかしかった。

主人の気に触れて殺されそうになって必死に命乞いする奴隷みたいな、そんな感じ。泣きそうになったが、幸いにも体が疲れきっていて泣く体力が残っていなかった。

 先にスイッチが入ったと書いたけれど、たぶん逆で、疲労が限界に達してスイッチが切れてしまったんだろう。論理的思考のスイッチ、まともに振舞おうとするスイッチ、反抗心やプライドみたいなものとか。

 自分の「素」というものが見れた気がする。僕は、アリストテレスが言うところの奴隷に向いている人間なのだろう。「すみませんすみませんすみませんすみませんすみません」って何にも考えずに謝って土下座するのは、とても楽で、惨めな自分が、悲しげなヒロインみたいで、快感だった。