蟲が生きる

生きることは戦うことでしょう?

AIRを見て人生観が変わりました

 23歳。この歳でAIRを見て、そして泣いた。人が共に生きる意味を知った。

 僕は…………。

 多くは語れない。ただ、AIRを見るうちに僕のこれまでの精神構造が音を立てて崩壊し、再生を始めた感触はたしかにあったと思う。少し自分語りをさせてくれ。僕は、幸せから逃げてたんだ。現実の僕はこのブログみたいに感情を他人に吐き出すこともできず、いつも心の殻の内側から他人の顔色を伺ってる。いつの間にこうなってしまったのかよく分からないけど、気づけば地元にはマジで1人も友達がいない。新卒の会社辞めて底辺工場で働いて、たまに会う大学の友人に対しても劣等感拭いきれないよ、やっぱり。何度か他人に自分を理解してもらおうとチャレンジして挫折もした。もう人と共に生きることは諦めようと思った。孤独な運命を自分の誇りにしようと思った。自己の内面だけを静かに見つめようと思った。でもAIRを見て感じた。自己の内面を見つめるにしろ、そこに世界に対する敬意が、他人という存在に対する愛がなければ、ただただ空虚なのではないのか。幸せについて考えるのはつらい。それはけして叶うことのない夢幻のように感じられるから。幸せを求めなければ、苦しくはない。たぶん、人は一人でも生きていける。でも…がんばれるか?人は一人でがんばれるか?僕はその答えをAIRで知ったよ。人が共に生きること、それはこの上ない幸せとこの上ないつらさ。それを真っ直ぐに追いかける神尾観鈴ちゃんに……僕は勇気をもらった。彼女が挫折しかけたときそこにはお母さんがいた。もう幸せはそこにあった。一人じゃなくて二人でがんばろう。未来に怯えないで、幸せを追い求めよう。AIRは悲しい物語かな?僕は個人的にはそうは思わない。だって、すげえ温かいものを貰った気がするから。

「ええか観鈴、うちは病気なんか少しも怖ない。もし病気になったら、うち嬉しい。それ観鈴と仲ようなれたゆう証拠やろ」

晴子の台詞。なんのひねりもない、彼女の心を伝える言葉。泣いた。

 完全に文章が支離滅裂になったけど、まあとにかく神アニメだったわ。視聴しながらずっと泣いてた。オーラがすごい。key作品はなんとなく苦手意識みたいなものがあって、AIRは名作と聞き及んでたけど見てなかったんだよな。猛反省。見てみたら、千年の時を越えたファンタジーと日常の形をとどめたまま感動を呼び起こすストーリーが僕の感受性にどストライクだった。少し設定が分かりにくいけど、絵とドラマで見せてくるから、そんなに気にならなかった。全部見終えたあとにネットで設定調べてよく理解できた。ほんとこれもっと早く見てたら人生変わってたんじゃないかって本気で思う。や、でも遅すぎたなんて思わないよ。たとえ残された時間がわずかでも、僕たちはいつだって幸せに向かって歩くことができるから。アニメの後半は観鈴ちんを中心にした千年の翼人の物語で、やはり全体の印象としてもそこが強かったけど、前半の霧島佳乃ちゃんや遠野美凪ちゃんのストーリーでも号泣したよ。佳乃ちゃん回では「ごめん」じゃなくて「ありがとう」を伝える大切さを学んだ。美凪ちゃん回では飛べない翼の意味を学んだ。家族、欲しいな。結婚、するか……。リアルのパパとママも大切にしよう……。僕はもう幸せから逃げないよ。

ネットでAIR名言とか調べたらアニメでは聞いてない言葉もあった。心にしみる。こ~れは原作プレイすんのもありやな……。