蟲が生きる

生きることは戦うことでしょう?

俺を愛してるのは風俗嬢だけかよ(電撃文庫)(大嘘)

 童貞オタクの様式美とでも言うべき風俗体験レポートを、私も例に漏れず記そうと思う。

 

 二十五歳の秋のこと、十月上旬、私はとある用事により愛媛県松山市を訪れた。
 快晴の空に浮かぶように佇む松山城。その麓には戦前に建てられた荘厳な県庁舎や広々とした芝生公園があり、連休の最中ということもあってか、路面電車が行き交う城下街はずいぶんな賑わいを見せていた。
 用事は昼過ぎには終了し、その後、私は一人で松山城を観光したり街中をぶらついたりした。松山城は小高い山の上に立っており、徒歩で行くのは小さな登山だった。私はその日スーツを着ていたので、汗だくになった。
 日が暮れて、私は松山市駅に近い焼き鳥屋で串焼きの盛り合わせを肴に三杯ほど、気ままに酒を飲んだ。店を出るとまだ十九時台だったので、バーにでも入ってもう少し飲もうかと思ったが、駅前を歩き回っても適当な良い雰囲気のバーが見当たらず、さてどうしたものかと考えた。
 そして道後温泉の風俗街に思い至ったのである。
 風俗というものがいかにぼったくりであるか、一瞬の快楽の代償にどれほどの大金が失われるかを重々承知している私は、そうそう風俗に行こうなぞとは思わない質なのだが、しかし西日本でも有数の道後温泉風俗街が目と鼻の先にあるという事実が私に一夜の魔法をかけたのだった。すなわち肉欲の魔法である。
 人は目的意識を持つと顔つきまで変わる。その時の私も引き締まった顔つきで路面電車に乗ったことだろう。車中、私は童貞を捨てようと決意した。どうせ大金を擲つのであれば、その引換えに新しい未知の体験をしなければ割に合わない。以前に行ったことのあるヘルス系ではつまらない。今日こそ女の膣に我が男根を挿入せねば気がすまない。
 そうして決意を固めた私はスマートフォンで「道後 風俗」と打って色々なウエブサイトを見たのだが、結果的には、そうしてスマートフォンで調べるのは無意味だった。何度も同じ店に通うような風俗通ならともかく、所謂初見さんである私のような男がネットで軽く調べても、結局どの店のどの子が良いのかという具体的な解には辿り着けなかったからだ。

 道後温泉駅から少し歩くと、すぐにファミリーマートがあり、その後ろにはピンク色に輝くネオン看板がひしめいていた。無料案内所が三つほど目に付いた。私はファミリーマートに近い所にある案内所に入った。やはり無料案内所で色々と聞くのが早道に違いない。無論、それで絶対に当たりが引けるわけでは無いだろうが。
 中には小柄で優しそうなおばさんが居て、私は安心した。
 交渉相手が自分より小柄で、いざとなれば腕力でねじ伏せられそうな者であるのに越したことはない。小心者の私は自分より弱そうな人間が好きなのだ。
 それからもう一人、私の入ったすぐ後に男が入ってきた。彼は少し酒に酔っているのか、ズケズケとした物言いで彼好みの良質な女を要求した。おばさんは私を置いてその男の話を聞き始めた。順番抜かしの感があり、私は少々惨めな気持ちになりかけたが、しかし見るからに陰気でなよなよとした眼鏡男よりも、酒で気が大きくなっている男の対応を先にするのは彼女なりの賢明な判断だと思い直し、蚊帳の外から二人の会話にぼんやりと聞き耳を立てつつ、パネルに貼られた顔の見えない嬢達を眺めた。
 二人はすぐに具体的な要求と推薦を数度行い、ほどなくして男は出て行った。おばさんは私に向き直って、今度は私に色々紹介してくれる。私は先ほどの男をお手本にして、舐められないように少し横柄な態度を心がけつつ、具体的な条件を出すよう努めた。
 具体的な条件とは、三要素であろう。
 すなわち、顔、体、歳。
 このうち三つともハイクオリティーを求めると何時間も待たなければならないだろう。一つを譲歩して二つを求めるのが定跡なのだ。……と、私は先ほどの男から密かに学んだのである。
 私はおっぱいは要らないが、顔と歳は譲れない。顔は可愛ければ可愛いほど良いし、いくら美女でもアラサーにもなって風俗嬢をやっている女なんて悲壮感が漂って見ていられない。二十五歳以下の女の子としかエッチしたくない。
 そんなわけで、おばさんに色々紹介してもらい、さらに待ち時間を電話で訊いてもらって、私はA店のMちゃんに会いにいくことにした。
 案内所を出ると何人ものボーイが建物の角に立って「A店こちらです」「建物奥になります」なぞと案内してくれたので、道に迷いようがなかった。流石、四国屈指の風俗街である。
 A店はヘルス系と銘打っているものの実際には本番可能なお店だそうだ(風営法的にかなりグレーな感はある)。中にに入るとロビー兼待合室のような空間があり、ボーイが三人ほどいた。それほど怖そうな顔つきでもなく、カラオケ屋のバイトみたいな普通の男達だったので安心した。
 やはり舐められないよう少し横柄な態度を心がけつつ、Mちゃんの写真を指差して六十分コース約二万円を前払いした。「こういう店は慣れてますよ」という落ち着き澄ました態度でソファーに腰を下ろして煙草を吸ったが、実際は心臓の鼓動が激しすぎて不安になる程度には緊張していた。出された煎茶を飲む手に細心の注意を払った。手が震えれば絶対にボーイ達にバカにされる。私はカップを持つ手にぐっと力を込めた。

 待つこと十分ほどで呼ばれた。
 インターフォンを押すとMちゃんが扉を開けてくれた。
 まあ美人なAV女優に比べたら見劣りするが、全然セックス可能な顔だったので、安堵した。どんな服装だったか覚えていない。緊張していたためだろうか。髪型もはっきり覚えていない。茶髪のショートヘアーで、シャワーの時だけお団子にしていたかしら? 私は緊張していた。
「こんばんは~Mです。よろしくお願いしますっ」
「よろしく。俺、○○(私の下の名前)っていいます!」
 自分の下の名前を名乗って、あわよくば「○○くん」と呼んでくれるのを期待したが、終始呼ばれなかった。きちんと「○○と呼んでくれ」と注文をつければ呼んでくれたかもしれないが、それは恥ずかしかった。女性とこんなにフランクに話をするのが前回の風俗以来だったので。
 室内に入ってすぐの所に二人がけのソファーとテーブル、その奥に低いベッドがあり、それらを透明なガラスで挟んで大きなシャワールームがあった。マットプレイ用のマットが立てかけてある。
 スーツの上を脱ごうとするとMちゃんが脱がしてくれてコートハンガーにかけてくれた。やさしい。
 ソファーに並んで腰掛けてお茶を飲みながら話をした。どういう経緯で松山に来たかとか、まあ色々と雑多な話だ。
 私は無意識に標準語で喋っていた。大阪以西にしか住んだことがないのに。
 女の子と二人きりでこんな身も蓋もない雑談をすることに気持ちが高ぶり、どうしても格好を付けたくなったのだ。イケてる男に見られたかったのだ。
 もう少し言えば、普段のような関西弁で話すとつい敬語になってしまうから、標準語で喋ってしまったという感もある。人見知りな私は初対面の人間に対して敬語を崩せない質なのである。でも女の子とイチャイチャするには敬語ではいけない。
 そうしてしばらく、思ったより和やかにMちゃんと話せたので、私は自分に驚いた。そして俄かに自信が湧いてきた。というのも、前回ヘルス系の風俗に行ったときは、そこの嬢によく知らない高校野球の話を振られて、何を言えばいいか分からず「てへへ……(シーン……)」みたいな雰囲気になってしまったのがトラウマだったからだ。
 だがMちゃんとは滞りなく楽しくお喋りができた。自分は普段人見知りなだけで、こうして女の子と話す機会さえあれば意外にモテるんじゃなかろうか?とさえ思えてきたのだ。
 だが同時に、こうしてお喋りで時間を潰されてエッチなことを疎かにされるのではないかと不安になってきた頃合で、Mちゃんから「そろそろシャワーを浴びましょう」と言ってくれた。時間管理も完璧なMちゃんに私は安心感を覚えたが、しかしそれと同時に、彼女の醸し出した「プロのセックス屋さん」ぽさに一抹の寂しさを感じたことも、ここで白状しなければならない。
 そんな彼女に無意識的対抗心を宿した私は「俺もセックス慣れてます」という雰囲気を出そうと片手でカッターシャツのボタンを外した。後から思えば、もっと脱がせっこなどすれば良かった。普段色々とやりたいことを考えているのにいざとなると緊張して何もできない私は、やはりどこまでいっても童貞なのだと思い知らされる後悔である。Mちゃんも服を脱いで下着姿になった。
「きれいな体してるねえ、下着のモデルさんみたいだよ」
 私はAV男優みたいな感想を言った。
「そんな、全然。おっぱいがもっとあればいいんですけど」
「いやいや、きれいだよ。おっぱいもきれい」
「ありがとうございます、太らないようには気をつけてるんです」
「そうなんだ。俺は逆に食べても太れない体質だから細いんだよ」
「え~羨ましいです」
「でも太るけどそうやって気をつけて太らないようにしてる方が健康的でいいと思うよ」
 なぞと言い合いながら二人で裸になりシャワールームに入る。
 まず歯ブラシとコップを渡された。歯を磨いて口をすすぎ、そのすすいだ水を口からぺっと吐き出すのが妙に恥ずかしかった。私の口内にあった水が床のタイルを伝ってMちゃんの足に接触することを思うと、Mちゃんに嫌がられないかなと思った。もちろんそんなことは無く、Mちゃんは笑顔だったので、私は一層彼女に心を許した。
 私は股間部分で座面が途切れているエッチな椅子に座り、いよいよ体を洗ってもらうこととなった。全裸のMちゃんがシャワーをかけるために私の真正面に跪いたとき、私はようやくその女体を意識した。それはエロ動画の中に溢れる女体ではなく、この世で唯一の自分という存在の前にある、唯一の女体だった。私のペニスはみるみる硬度を増し、彼女はそれを見て微笑んだ。肩、背中、胸、腹、そしてペニスの先にMちゃんの手がそっと優しく触れた。私は亀頭でその優しさを感じ取った。
 シャワーをかけ終わると、Mちゃんは泡立ったソープを手に持って、また肩から撫でるように洗ってくれる。そして今度はしっかりと手の温もりをペニスに伝えてくれた。椅子の下に腕を深く入れて、私の尻の穴から手を沿わせてペニスの先まで優しくなぞる。
「ああ、きもちい」
 私は快感に震えた。知らなかった。体を、ちんちんを女の子に洗ってもらうことがこんなに気持ち良いなんて!
 私の体を洗い終えるとMちゃんは先に出て待っているよう言ったが、私は引かなかった。
「洗ってあげるよ」
 私は今すぐMちゃんの体を思う存分触りたかったのだ。
 Mちゃんのすっぽんぽんの体にシャワーを掛けながら、手で撫でる。自分の手が、他人の、それも女の体を撫で回しているという光景に、現実感が遠のいていく。私は女性の柔らかい薄肉を纏った体を執拗に撫で回し、その感触が夢でないことを確かめた。
 二人でシャワールームから出て、ベッドインした。
 マットプレイも可能だったのだが、私は元来ベッドの上でロマンティックに裸体を絡ませあう美しいセックスに憧れている故、ベッドを選択した次第だ。とはいえ、風俗嬢にとってマットプレイの上手さは一つのステータスみたいなもので、Mちゃんとのローションぬるぬるエッチでその腕前を堪能してみたい思いもゼロでは無かったが。
 結局のところ、私は終始Mちゃんにリードされるがままだった。
「シックスナインする?」
「うん」
 仰向けに寝そべった私の上にMちゃんが上下逆向きで覆いかぶさった。彼女のおまんこはほぼ無毛で舐め回しやすかった。柔らかい尻を絶え間なく揉みながら私はおまんこにむしゃぶりついた。ぺろぺろ……もみもみ……くちゅくちゅ……もみもみ……。
 暫くして、彼女が起き上がり、私の耳元でそっと「入れてみる?」と囁いた。
「いいの?」
「うん」
 彼女は慣れた様子で艶かしく口を使いながら男根にコンドームを装着した。
 そしてとうとう私たちは対面騎乗の体位で結合し、ひととき、獣と化したのだった。
「あんっ……あん……」
「あっ……ああ~」
 ぱん!ぱん!……ぱんぱんぱんぱん!肉と肉が衝突する。彼女は私の方に倒れ込んできて、私たちはお互いを抱き合い、ときにキスしながらセックスをした。
 ちょうど彼女の尻が下がるタイミングで自分のちんこを突き上げようと腰を動かすのだが、なかなか上手くいかない。それがもどかしくて、私はさらにがむしゃらに腰を突き動かした。
 嗚呼、おまんこのなんと気持ちの良いことか!!
 コンドームをしていても、十分すぎるほど良い。膣よりオナホの方が気持ちがいいなどと誰が言ったのだ、大嘘つきめ。私はあっという間に射精準備態勢に入ってしまった。
 ビュビュ、ビューーーッ……
 Mちゃんの膣の中で射精した。根こそぎ精子を搾りとられた私のペニスはみるみる萎んでいく。それが少し恥ずかしかった。
 静寂がベッドルームを包んだ。
 私たちは体の動きを止めてただ静かに互いの体温を感じあった。それはとても、とても温かかった。刹那の温もりが私を孤独から解放した。
 彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。
 独りではない。
 自分以外の人間がいる。
 嬉しかった。
 幸せだった……。
「あたしね、こうして抱きしめ合うの大好き。すっごい幸せ」
 その言葉は私の思いと全く同じだったので、私はいよいよますます嬉しかった。だから、
「ずっと、こうしてたい……」
 叶わない願いを呟いた。
 起き上がって時計を見た。どうやら私はサービス開始から三十分程度で射精してしまったようだった。そう分かると俄かに勿体無かったという気持ちが沸き起こってきた。もっと色々な体位で性交したかった。もっと変態的に彼女の体を弄べばよかった。そんな思いが溢れてくる。とはいえ私の精液はもう出し尽くされてしまったようで、とても二回戦をする気にはなれなかった。
 その後は一本煙草を吸って、しばらくマッサージをしてもらって、シャワーを浴びてお別れとなった。
 
 A店を出たとたん喉の渇きに気がついて、ファミリーマートで水を買ってがぶがぶ飲んだ。そして道後の街を一人歩いた。
 童貞を捨てる前と捨てた後で、その街並みも行き交う人々の様子も、何も変わらなかった。つい数十分前に確かにあったはずの幸福感も、遠い幻のように夜風に霧散してしまっていた。

 『静寂に包まれて 刹那の温もりに包まれて… はじめて 朝が来ないことを祈った』

 D≒SIREの詩を口ずさみながら、私は次こそは後背位で尻を叩きながら女を犯すために、生涯あともう一度だけは風俗に行きたいなと思ったのだった。